CAの彼女の終電の時刻が残り２０分まで迫っていた。私は思考をあれこれと巡らせていた。どうすればいい？なにが正解だ？
結果が出るまでは、なにが正解かは分からない。未来を予測し、もっとも自分が進みたい方向へ相手を誘導していくことだけが、”現在”できることだ。今と未来とを一本の線で捉え、その線を丁寧に紡いでいくイメージだ。
彼女がトイレに立った。手早く会計を済ませ、席に腰掛けた。目の前の空いたグラスを一点に眺めながら、私は作戦を練っていた。
「それじゃ、行こうか。終電に乗ろう！送っていくね、お姫さま。」
彼女が席に戻ると、私は笑顔でいった。彼女も笑顔で頷いた。初めて、彼女の手をそっと握った。彼女も握り返してきた。ちらりと腕時計を見ると、その針は既に２２時４５分を指していた。彼女の渋谷からの終電は２２時５３分。残り８分だ。
私は敢えて、早足で歩いた。彼女と一夜を共に過ごしたかったが、「過ごしたい」という思いを彼女に悟られてはいけない。あくまで、見掛けだけでも彼女を終電でちゃんと送り届けてあげたい、というスタンスを演じられるように努めた。彼女は、”軽い女”であることが女性としての価値を低減させてしまうことを十分に理解していたからだ。
「大丈夫。急げば間に合うよ！」
彼女を励ましながら、神泉駅（井の頭線、渋谷の隣の駅）まで足早に連れて行った。時間はぴったり５３分だった。彼女は渋谷界隈の土地勘がまるでなかった。私は今日の和みの中から、それを知っていた。神泉駅から渋谷までは電車で１、２分程度だが、当然ぴったりに着いたのでは渋谷からの終電には間に合わない。
彼女は携帯で時間を調べていた。今の時間で帰りの電車を検索しても、始発が表示されるのは明らかだった。
「都内の友達の家にいくね。」
彼女が言った。
「わかった。じゃあ、その時間までもう少し話そう？」
私は言った。
「友達の家は小岩だから、あと１時間くらいしかないけど良い？」
彼女は少し考えてから、そう答えた。
「勿論。」
私は笑顔で答えた。
彼女の手を引き、ホテルへ向かった。
「友人にメールで確認した？一応、確認しといた方が良いんじゃない？キミがそっちの駅に着いたときに誰も連絡取れなくて結局漫喫とかに泊まることになったら嫌だし。」
膝掛けを渡しながら、私は優しく言った。
「そうだね。ありがとう。」
彼女はそう言って、携帯で何かメールを書いていた。しばらくして、友人から返信が来たらしく、大丈夫とのことだった。私は彼女に、さりげなくほっとした表情を見せた。
渋谷から小岩までの終電は０時１３分。主要な路線の終電時間はほぼ頭の中に入っていた。次はそこまでが勝負だ。
一緒に写真を撮り、親密度をあげる。
時計を見る隙を与えないように意識した。家を出るとき、時計の針は既に終電時間の２分前だった。
「とりあえず、急ごう！間に合うよ、大丈夫。」
彼女の手を引きながら、私は言った。
勿論、間に合わなかった。目の前で電車は行ってしまい、駅の電光掲示板は次に到着するであろう電車の時刻を明々と示していた。
「とりあえずさ、歯ブラシ買って戻らない？電車動き出したら送ってくよ。そして、朝ごはん食べよう。世界一の朝食。」
私はそう言いながら、彼女の返事を待った。彼女は少し考えて、私の差し伸べた手を握りしめた。
私の魔法は０時の鐘では解けなかった———。
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